~特別企画・IR担当者座談会~
■予算とツールの選択肢
―直近の課題も含めてほかの人たちはどうか
セレンディップHDの川上氏:私の入社当時から、株価が低迷して出来高も少なく、投資家が離れてしまっている状態が続いている。一般的に、地方に本社を構えている企業は、地方の証券取引所に上場すると地域に根付いた投資家への認知度が上がるが、当社は東証のみの上場だったので、地域の投資家にもなかなか知名度が上がっておらず、「結構辛いな」という状況だった。また、リソース問題は、当社でも深刻で、人事、総務、情報システム、IR・広報がいわゆる一人親方で動いている。
とはいえ、企業価値向上には、IR活動は重要であるため、社内におけるIR活動への理解を進め、協力体制を作っていく必要がある。そのため、グループ内のメンバーにIR活動の重要性をしっかり伝えることが大切だ。例えば、当社は製造業であるため、設備投資や研究開発は企業成長のカギを握っている。時価総額を上げることで資金調達を有利に進めることができ、企業成長のための投資を行うことが可能になる。つまり、グループで働く人たちの一層の活躍を促すために、時価総額を上げる必要がある。理解を得るには時間がかかるだろうが、グループ内のメンバーにIR活動への当事者意識が芽生えたら、より機動的に動けるようになると見ている。
そのうえで、マーケットにどのように情報を発信していくのか、マーケットの誰に伝えていきたいのか、具体的な投資家の姿を見据えたところで、どんな情報やメッセージを打ち出していくべきかIR担当としてもっと考えていきたい。企業にはいろいろな見せ方があるので、伝えたい相手である投資家が求めていることは何か、仮説を立ててメッセージを構成していく。IR担当は、いわゆるエディターのような役割も持っていると捉えている。
匿名のIR担当者:当社は会社規模としてもまだまだ小さくIRに使える予算が限られているなかで、どの程度施策を打っていくかは課題と感じている。直近だと、IRTVやログミーファイナンスなどIR支援会社はたくさんあるが、どのプラットフォームを使うのが自社にとって最も効果的なのか、効果測定が全くできていないのが課題だと感じている。証券会社が主催するIR説明会だけでなく、最近は個人投資家が主催となって行う勉強会もあり、選択肢が増えているだけに、当社としてどの層をターゲットにしたいか、改めて検討する必要がある。
noteの三浦氏:今はまだ上場して3ヵ月というタイミングなので、面談の機会もそれなりにあるが、ニュースが少し途絶えると出来高が細ったりする。先を見据えて何か手を打っていなければならないという危機感を抱えている。一方で、人手がないなかで何をやれば良いのか。個人投資家向けにやれるものはメニューとしては増えてきているが、何にどれだけリソースを割いていくのが最適なのか、判断が難しい。SNSもメニューとしてはあるが、リソースが限られるなかでどれからやるべきか常に社内で議論している。
PRとの連携は、それなりに力を入れているので、PRがIRも踏まえて情報発信で積極的に連携してくれている。業績の成長ありきで、それをPR・IRが連携して効果的に情報発信することが株価には1番効くと見ている。それを前提とした会社全体の動きのなかでIRが何を発信するべきか、社内でも認識を揃えると動きやすいのではないか。
■短期と中長期のバランス
ランサーズの泉氏:当社も上場して3年経って、初期はIPO銘柄、コロナ禍になって、急にDX銘柄と、紆余曲折していた。そうなってくると株価形成も株主構成もそうだが、セカンダリーを見越して動き切れていないところと、そこからどのように構成を変えていったらいいのか道筋が見え切れていない。
流動性を上げる点で、出来高を上げることになってくるが、流動性が上がったとしても株価がすぐ上がるものでもないし、時価総額のキャップを大きくして、そこでようやく機関投資家が投資先として認識し、株主の構成が変わってくるなど頭では分かっている。だが、いろいろな施策をどう出せば、その道筋にきちんと行けるのか、まだちょっと見えておらず、手探りになっている。
個人投資家向けのIRも含めると、ツールやメディア、打ち出し方がかなりたくさんあり、全部やりたいところだが、リソースをどこまで使い切れるのか、また、一過性のものとして行うと、急に対話が分断されるようなことが起きても困る。優先順位と継続性と、最終的に我々がこう作りたいというところまでいくバランスを見極め切れていないところが課題になっている。
一方で、もっと先を見据えた時にどういった動きをしていくのが、適切な株主構成にできるのかが今の課題だ。流動性だけを気にし過ぎてしまうと、先が見えない施策になってくるので、短期や中長期施策などそのバランスは重要になってくる。
―もう少し長期の視点で、さらに問題になりそうなことはあるか
ユミルリンクの渡邉氏:近々の課題としては、出来高が少ないので、認知を上げて、そこをまず増やしていかなければならない。中長期の課題としては、今、5回に1回ぐらい海外の機関投資家と対話しているが、日本の機関投資家と海外を比較すると、お世辞なのかもしれないが、海外に同業界で成功している会社が存在するので、日本の機関投資家よりは、プレゼンスが少し高く映るような感覚を持っている。そこをいかに日本の投資家向けに伝えていくかが中期的な課題になると認識している。
―伝える質を、より日本の投資家向けに寄せていかなければならないという意味合いか
ユミルリンクの渡邉氏:取り組んでいる業界や業種が将来的に有益であることを伝える。日本では、海外のように同業界でそこまで大きい会社はいないが、海外に出るとNASDAQに上場しているSaaSではかなり有名な会社もある。そのような会社は日本にはないが、可能性としては、そういう風にできる可能性があることを、投資家にうまく伝えられるようにしなければならない。
■海外機関の着眼点
―ほかにはあるか
オーケーエムの森川氏:今年6月からサステナビリティの開示が義務になった。人的資本の領域に関して最近いろいろなところでセミナーが開かれている。なるべく参加して勉強しているが、私は広報・IR担当で、広報側では特に会社のポジティブな面を外部に発信して、IRは良いことも悪いこともきちんと言っているつもりだが、どちらかと言えば良いことをピックアップして発信しているのが現状だ。
そのなかで、そのような情報を見て入ってきた社員が、外部に出ている情報と実態とのギャップを感じてエンゲージメントが下がっているような雰囲気を感じている。今後、その点も含めて、将来の成長戦略をバックキャストで検討した時の現状と課題、それをPRでもIRでもきちんと出していかなければいけない。
アピリッツの永山氏:長い目で言うと、時価総額300億円を超えた辺りから海外機関投資家がちらほら入ってくるはずなので、その時にESGを開示すると、「表面的なことばかり開示して」とたまに言われることもある。当社は「環境ってあんまりないよね、そうするとソーシャルとガバナンスだよね」となる。
結局、ESGと人的資本は密接な関連性があって、一朝一夕ではできない。例えば、人的資本に投資すると表明しているが、「評価精度を上げるといってもどういう制度で上げるのか、労働環境をどうやって整えるのか」ということは、多分5年スパンでやることになる。遠い先を見据えて、小型だから今ESGをやったところで、「海外投資家も入ってきていないし、日本株でESGなんて評価しないだろう」と考えてしまいがちだ。だが、今から着手しておかないと、「明日やります」ではできないことを社内でディスカッションしなければならない。そこを本当に全社で意識を向けてやらなければいけない。
グラッドキューブの財部氏:時折、海外の機関投資家と話すことがあり、当社も割と早くからESGに関して成長可能性を示す資料に盛り込んでいるが、話すとやはりそこにすごく食い付く。
アピリッツの永山氏:食い付く。
グラッドキューブの財部氏:人材系や女性活躍比率に関してもそうだが、めちゃくちゃ反応する。
アピリッツの永山氏:日本よりも海外のほうが敏感というか、スコアリングの対象になるか否か今のうちから気にしておかないと、後になって急にやろうとしてもできない。どちらかと言うと社内での啓蒙が必要で、ただ、それはだいぶ先だし、皆さんのイメージが、結局「それ金になるの」という話になってしまう。
外からすると「ESGと言っているけど株価上がんないじゃん」とか、社内で言ったら「それにやるんだったら給料だけ上げてよ」となってしまう。全体的な理解促進の取り組みをするのは、多分ハードルがとても高くて、そこが、長期的に言うと本当にやっておかなければならない。
■制度評価は時間がかかる
グラッドキューブの財部氏:当社が今期に減益になる理由として、人的資本に投資するためと発表した。評価制度を思い切って刷新した。本当は5年ぐらいかけてやるところを、上場直後から一気呵成に取り組んでこの4ヵ月ぐらいで作った。
実際にちゃんとしたものになるのに、絶対に4~5年はかかるだろう。それに対して、これをやったから、どれだけ実績が伸びたとか離職率が減った、何かに効果があった、というのを示していくのに、どうやれば最も理解してもらえるかというのはこれから苦労するところだと想定している。
アピリッツの永山氏:離職率も、低ければ良いとは思っておらず、「人材の流動性、ありだよね」とこれだけ言われているのに、「離職率高くないですか」という質問が来る。投資家も転職を1回ぐらいしているだろうにと思う。自社の数字だけではなく、その数字の背景にある市場環境や労働環境を合わせてIRしないと、数字だけが独り歩きすると最近感じている。それを資料でどう盛り込むかも課題だ。
ESGの取り組みは、始めても定点観測して3~5年で評価されなければならないが、短期のスウィングで投資している人たちは、そこに興味がないとなった時に、個人が中心の中小型株は、なかなか判断が難しい。中長期では評価してもらえないので短期で結果を出さなければならないのが、事業運営をしていて課題となっている。
グラッドキューブの財部氏:Yahoo!掲示板で誰もそこに触れてくれないという残念さもある。
ユミルリンクの渡邉氏:そこは当社も同じだ。今年からやっとESGの開示ができたが、中小型株で個人が多くて余程の人でなければ短期の目線でしかないので、その人たちに向かって、人に投資すると言っても、「投資した分はいつにいくら返ってくるのか」、個人投資家はこれだけしか興味がない側面もある。
その奥にある意義や、人的資本への投資に対する定量的な成果を出しづらいことが多い。どのように伝えていくか。ある程度割り切った状態で進めていくのか、もしくはどの程度説明していくのか悩んでいる。
■ギャップを埋めて、価値創造
―ほかの人たちはどうか
セレンディップHDの川上氏:当社もESGに取り組み始めている。非財務情報の開示には型があって、我々が伝えたいメッセージと伝えるべきメッセージとのギャップをどのように連携させていくかに課題を感じている。
それでも、より多くの投資家から投資対象として関心を持ってもらいたいので、我々のパーパスや事業内容をしっかり伝える。そのうえで、それらが持続可能な成長にどう反映されているのかを1日でも早く伝えていきたい。
ランサーズの泉氏:サステナビリティ対応に関しては、当初からサステナビリティサイトを作っている。初期は手探りのなかで検討を開始し、社内でも手探りな状況なので、徐々に洗練させて、取り組むことが当たり前になってくると良い。
IRの仕事は、企業の価値を伝えて、一緒に価値創造していくもので、だからこそ評価されるのは嬉しく、株価に反映されたらそれも嬉しい。一方で、企業価値を伝えていく部分では、短期的な株価や結果だけの目線にしてしまうとESGや人的資本投資について、社内を巻き込んで進めるのは非常に難しいのではないか。もともと中小型銘柄は人もいないし、どれだけやっても評価機関に選定されるわけでもない。
本来は事業戦略に紐付いていくものなので、全体を動かすのは非常に難しいが、地道に啓蒙し取り組んでいくしかない。短期的には、どうしても株価や流動性が求められるが、 IR で伝えたいことは、企業価値を伝えて一緒に価値創造していくことで、ESGや人的資本の事を省みるたびに、それを思う。
また、受け持つのがIRなのか人事なのかなど、組織によって考え方が変わってくる。その辺りが世のなかの会社的にも不安定な状況で、皆手探りで進めているのではないか。
―三浦さんはだいぶ頷いていたが
noteの三浦氏:まさにESG情報の開示はやらなければいけないが、どこがボールを持って、どう進めるとスムーズなのか判断が難しい。各社各様の対応状況を見ているものの、当社としてはまだ着手できていない。
前職でもIRに携わっており、プライム企業だったので、早いタイミングからESGに取り組んだが、それでもどこまでやるべきなのかという話や、まずは形式だけ整えようという考え方も聞いたことがあるので、せっかくやるのであればそのような形を辿らないように、きちんと企業価値に結びつけることを意識して進めていきたい。
匿名のIR担当者:先日、海外投資家と話した時に、「人事制度の改善や従業員の賃金アップの実施は長期的に見て会社にとってポジティブなので、もっとアピールしたほうが良い」と言われた。
個人的な感覚だが、個人投資家は人件費が増えて利益が減ることをネガティブと捉えているのではないか。今後、ESG対応や人的資本などいろいろな企業が対応を求められているので、少しでも個人投資家に理解してもらえるように、きちんと伝えていきたい。
■英語で呼び込む
―一巡したが、言い足りないことはあるか
オーケーエムの森川氏:ESGからは外れるのと、今日の参加企業のなかでも多分当社だけと思うが、英文開示ができていない。IRサイトも日本語だけで英語版がなく、唯一シェアードリサーチのレポートを利用していて、その英文しかない。元ヤフーの浜辺真紀子氏のセミナーでは、「CG(コーポレートガバナンス)報告書で、海外機関投資家比率が低いので英文開示しないと記載している会社を目にするが、英文開示がないから海外投資家が入って来ない」との話があり、当社も同様なので課題に感じている。
ユミルリンクの渡邉氏:英文開示は決算説明の補足資料と成長可能性、最近は決算短信のほうをやり始めた。代表自身がIRに積極的に携わってくれるので、海外の機関投資家とやり取りした時に、通訳者を介してやり取りするが、1時間あっても30分ぐらいの会話しかできない。
互いの1時間を有益に使わなければもったいない。事前に一定の範囲で資料さえあれば、機関投資家もきちんと全部読み込んでくれるし、読み込んだうえで質疑できるので、互いにとってプラスだとして始めていた。今後、日本は右肩上がりというよりは、海外のほうが経済成長率が高くなる。例えば、翻訳は年間100万円前後で一定の範囲はできるだろう。それであればコストをかけたほうが有益だと考えている。
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次回以降は、いくつかの課題について各社がどのように対応してきたのか、さらに深堀りする。
[キャピタルアイ・ニュース 鈴木 洋平]
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