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IPOとIR(1)課題抽出編(前)、足りないリソース

~特別企画・IR担当者座談会~

IPOの準備から公開、その後の事業活動のなかで、情報開示などを通じて発行体と投資家との間で情報の架け橋となるIR(Investor Relations)担当者。彼ら/彼女らが新規上場に際して直面する課題とは何か。また、現在はどのような問題に取り組んでいるのか。この3年ほどの間に上場した企業8社のIR担当者に話を聞いた。

参加企業(50音順、カッコ内は上場日):
アピリッツ<4174>(2021年2月25日)・永山亨CFO
オーケーエム<6229>(2020年12月17日)・森川貴文経営企画課チーフ
グラッドキューブ<9561>(2022年9月28日)・財部友希CIRO
セレンディップ・ホールディングス<7318>(2021年6月24日)・ IR広報担当 川上真帆氏
note<5243>(2022年12月21日)・ IR担当 三浦愛梨氏
ユミルリンク<4372>(2021年9月22日)・渡邉弘一取締役
ランサーズ<4484>(2019年12月16日)・泉有希IR兼経営企画マネージャー
ほか1社

聞き手:キャピタルアイ・ニュース 鈴木洋平

―『IRの成功戦略』(佐藤淑子著、日経文庫)によると、IR活動での目標は、(1)資本市場での認知度向上、(2)投資家の理解促進、(3)適正な株価形成、(4)適正な株主構成の実現とある。実際にIRに取り組んでいる立場からすると、過不足はあるか

アピリッツの永山氏:良いと思う。でも、もうPR(Public Relations)とIRの境目がないと見ている。事業を理解してもらうとなると、例えば、何か商品を作ったあるいはM&Aを行った、新しいサービスを作ったというのは、もはやPRだけでなく、IRでもしなければいけない。あまり境目がなくなってきたと見ている。

■「どうしよう」から始まる
―IPO の準備段階で課題になったことは
オーケーエムの森川氏:上場が2020年の12月で、私が入社したのが、その1年半前の2019年6月なので、IPOの最終段階に入るタイミングで参画した。そこから上場直前まで課題になったのが、予算の策定や原価差異、棚卸差異などで、最後の最後まで製造・営業側と揉んで、主幹事とも何度も話し合いながら詰めた。

特に、予算は当社が汎用品バルブの大量生産ではなくカスタマイズバルブの受注生産に強みを持っていることから、営業が「予算は組めない」と言っていた。それを予算の策定部署である経営企画部、特に当時の部長が何とか崩していった。最終的に課長が予算を形にしていったのだが、非常に大変だった。上場したのが2020 年のコロナ禍で、既に上場している複数の企業が「予算を出せません」と開示しているなかで、東証からは蓋然性の高い予算を求められ、会社として本当に苦労した。

匿名のIR担当者:当社は2019年の上場だが、IPO後に入社したため回答は控えたい。

セレンディップHDの川上氏:上場前後に知り合った記者との関係構築に力を入れると、結果的に企業の発信力強化につながると思う。特に、上場会見で関心を持ってもらった記者は、企業成長の初期段階から関わることになる。私は、当社が上場して半年経った時に入社したが、IPOから関わっていくことができる人には是非勧めたい。

ユミルリンクの渡邉氏:私自身は、N-3期(申請の3期前の期)から審査も含めて全部関わっているが、上場前で1番苦労したのは、上場を経験した者が1人いたが、それ以外は未経験の状態で進めていたことだ。特にIR関連では、そもそも誰がやるのかという話から始まり、PRとIRには垣根があまりないことも認識していた。

その兼ね合いもあって、CFO配下では、適時開示書類などを作っていくが、IR、PRに近い領域はマーケティングも関わって一緒にやっていこうと決めていった。まず何もない「どうしよう」という地点から始まった。

そのほか、当社の事業はSaaS型なので、過去からKPI や受注率、平均単価の情報を持っていて、基本的にはロジカルに算出できる土壌があったことは良かった。当社も2021年9月に上場していて、予実管理をそれほど指摘されなかったが、コロナの影響をどの程度合理的に見込むのかという点は、若干苦労した。

■ふと出る対応事項
アピリッツの永山氏:僕は上場前の準備から関わっているので、審査も全部やったが、課題は2つあった。ユミルリンクと一緒で、上場の準備や上場後の上場基準での会計や開示を経験した人がいなかった。審査対応が全て集中してしまい、リソースが全くなくなった。

審査の物量も凄い。「あれを出してください、これを出してください」と質問が500問ぐらい来て、「これ全部明日までに答えてください」という審査なので、とにかくリソースが足りなかった。とはいえ、上場を目指している企業なので、「これ、じゃあ休みの日に皆でやろうぜ」は、できない。

そうなると、時間も曜日の制限もない“使い放題プラン”の取締役の僕に全部集中してしまい、そこが思ったよりも大変だった。また、主幹事の審査が終わると東証の審査に入り、同時並行でバリュエーションの計算に入る。上場の最たる目的は、資金調達だが、リソースがないためバリュエーションの算定に時間が割けなくなる。本当はセカンダリーの証券会社や独立役員に相談しなければならないが、コンプス(Comps, Comparable Company Analysis)という類似企業の選定でのディスカッションなどに時間が取れず、非常に苦労した。

noteの三浦氏:当社は昨年の12月末に上場しており、私自身はその約 1 年前から加わった。私が参加したタイミングではIPOの準備はだいぶ整っていたので、私自身の苦労はそれほど大きくなかったが、当社もIPO経験者がいなかったので、手続きを進めていくなかで事前に把握できていなかった対応事項がふと出てきて振り回されるようなことが総じてあった。

CtoCで、オンライン上でコンテンツを販売するサービスをしている会社がほかにないので、コンプスをどこにするのかという話は証券会社との間で特に長く議論を続けた点だ。東証からの審査も、コンテンツの中身までけっこう細かく突っ込んで見られたため、手が取られ大変だった。

グラッドキューブの財部氏:未経験ながら私と西村美希CFOの2人で、ほぼ全部準備から上場まで行ったが、課題の1つはリソースだった。2人で、かつ通常業務と上場準備を並行で全部やってきたので、基本的に本当に時間がなかった。だが、寝られないとかそういうことはなかった。

予実に関しては、その根拠を求められる時に、私たちは肌感覚で分かっているが、エビデンスとして提出する際の大事な数字が見つけづらかった点はとても苦労した。もう1つは、3事業あるので、それぞれ数値の準備を過去に遡って準備することだった。

証券会社と徹底的に行ったことはコンプス選びだった。提案される会社が納得いかなかったことが課題になって、最後の最後まで議論を続けていた。KPI選びも東証の審査の段階まで引っ張って、かなり大きな課題になった。

ランサーズの泉氏:2019年12月に上場して、私は 2016年12月に入社した。元々、経理側で入ったので会計周りなどをやっていた。予算策定やその蓋然性みたいなところは侃侃諤諤とやっており、社内、証券会社、東証とひたすら調整していた。

当社の場合、テレビCM投資による赤字上場であったため、予算策定や計画の蓋然性がしっかりと見られていたと思う。上場が近付いてくると、バリュエーションを付けて、IRが必要となってくるが、当社もCFO以外は全員、 IPO が初めてなので、IR 経験者がいなかった。IPO準備ではそこまで必要ではないが、全体的な設計をするにはもう少し早くいた方が良かったし、いなければいないで、我々もIR目線を先に持っておくことは必要だった。エクイティストーリーは上場1年前から検討していたものの、IRサイトは残りの数週間で作るなど、全体を練る時間をもう少し作り、余裕があれば事前にシミュレーションをするとか、上場前のIRに時間をかけることも重要だったのではないか。予算策定やIR経験者がいないことが課題だった。

■記者は大手に
―上場の直前、あるいは上場日前後に課題になったことは
アピリッツの永山氏:内容は言えないがあった。未上場で上場を目指している会社やCFOと横のつながりを持って情報交換や勉強会をしていた。上場した会社からのアドバイスは、「最後まで何があるか分からないから気を抜くな」だった。当社はそんなことはないと思っていたが、「このタイミングでそんな事件が起きますか」ということが2つぐらい起きて大変だった。審査対応もうまくいって予実も外さないので、このまま行くのだろうなとニコニコしていたら、「あらー」みたいな感じのことが起きた。

―メディアとどのようにコミュニケーションを取るべきか分からないという発行体に接する場面も多い。その辺りはどうなのか

アピリッツの永山氏:それで言えば、上場後のIRを準備するリソースは全くゼロだった。「このまま上場したらやばいな」と思いつつも手立てを打てなかった。

ユミルリンクの渡邉氏:上場後を見据えてのIRは、もうほぼ手が回っていない状態で、「何したらいいの」というところから始まった。そもそもメディア関係者とどのように接点を持てばいいのかも全て手探り。当社も100人少しの会社なので専任もおらず、兼務しながら進めているのと、経験者もいないので、メディアとどういう場所でどういう接点を持って、私たちに興味を持ってもらうようにしていくべきなのかは、上場して経験しながら、こうしておけば良かったと感じざるを得なかった。

グラッドキューブの財部氏:当社はCIRO(チーフIRオフィサー)と名前を付けたぐらいであり、細々準備を進めてきて、PRにも取り組んできたので、幸いにも記者を呼ぶのに困ることはなかった。ただ、例えば上場日の記者会見などは、約束していても、やはり他社の決算が割と重なる。記者の皆さんも大手に取材に行き、話題性があるところに取られてしまうので、約束していても当日来られないということがあった。これをどのようにクリアすれば良いのかは、未だに課題になっている。

セレンディップHDの川上氏:PRとIRの境目に関し、「一緒にやっていこう」ともっと働きかけてみてはどうか。上場後、意外と見落としがちなのが、上場会見に参加していた記者たちとの連携だ。上場会見に参加した記者は、企業成長の初期段階を知ることになり、彼らとの関係性を強化すれば、情報発信の強い味方になるはずで、そう考えるとリソースをかける価値はあると思う。

投資家とのIRミーティングにおいて、自社の紹介はもちろん、IR担当者が投資家に対して、どんな情報が欲しいのか、直接聞くケースが増えている。結果、投資家への適切な情報提供につながり、投資家との関係構築は強化されつつある。一方、メディアとの関係構築も投資家のそれと同様に、積極的な情報提供を行う一方で、どんなニュースソースが欲しいのかというコミュニケーションをもっと増やしても良いのではないか。メディアリレーションはこれまでPR の仕事というイメージがあったが、IR担当がそこに積極的になり、会社としてシームレスな対応ができれば、企業の発信力が強くなると考えている。

というのも、事業に詳しいのはその会社の関係者であり、メディア側も積極的にIR領域の関係者とコミュニケーションを重ねることで、読み手のニーズをより汲み取った記事になり、双方の発信力強化に繋がる。発行体とメディアのリレーションは、記事化の有無に関わらず、もっと強化することが重要であると感じている。

■CFOへの誤解
アピリッツの永山氏:以前在籍してIPOを準備して上場した企業もそうだったが、皆が初めてのことで、IRやPRはCFOが全部やれる、「資金調達もお前、IRもお前、PR も経理財務も知ってるよね」という誤解が、世のなかの会社にはある。

ただ、任されている以上、得手不得手や「やったことない」とは言っていられないが、それを最初から見計らって適正な人数を集めて準備するのは、利益を出さなければならないステージなのに人を潤沢に入れるのは、なかなか難しい。

グラッドキューブの財部氏:頷き過ぎて首がもげそうになった。

アピリッツの永山氏:CFOも、投資銀行出身者はキャッシュを集めるのは得意だけど、守りの経理財務が分かるかというと分からない。経理財務出身者は資金獲得やIRはそれほど得意ではないという種類があることを皆さんご存知ないのは、どこの会社に行っても感じることだった。

ユミルリンクの渡邉氏:CFOは万能ではないし、本来は準備前のタイミングから得意な領域を、証券会社系や銀行系、事業系のどこに強い人がいいか見定めなければならない。だが、如何せんそのノウハウは経験した人たちの一部にとどまっていたり、逆に、その経験者はいろいろな会社にまたがって活動している場合もあるので、そこから情報が下りてこない。また、それをCFO以外の人が実感していないのが課題と感じる。得手不得手があり、周囲でも支援が必要であることを理解しておかないと、後でこんなに労力が掛かるのかという話になる。

オーケーエムの森川氏:今日参加されているような取締役・CFOが、会社にいることはとても羨ましい。当社は上場会社が少ない滋賀県に本社を置き、当時は上場会社の勤務経験者も少なく、IPO 経験者もいなかった。そのなかで、上場会社での広報・IR経験のある私が入社し、ロードショーマテリアルやIRサイトなどを上司や社内各部、主幹事と協力しながら作ることができた。

広報・IRだけではなく、J-SOX(内部統制)についても「できるだろう」という感じで担当することになった。そういうことをやりくりしながら、東証審査の前日には、上司の部長と2人で1台の大型ディスプレイを見ながら、提出書類の「IIの部」を0時を超えるぐらいまで修正していたことを鮮明に覚えている。経験者が不足し、できる・できそうな人に仕事がどんどん集まってくる。そこは仕事の幅が広がった反面、苦労した面でもあった。

■助けはない、とにかく露出
―上場時からその後1年ぐらいまでのトピックは今の話に織り込まれるか
アピリッツの永山氏:IRの側面で言うとちょっと違う。上場直後はコロナ禍であったし、また、上場ゴールと揶揄されて、投資家から馬鹿にされるケースがあり、発行体側の我々としては決してそんなことは思っていない。

中小型株の課題は、今まで助けてくれた主幹事証券に上場後に「IR助けてください」と言っても、「コロナなのでやってません」と言われる。商売だから仕方がないが、商いが少ないところに証券会社はリソースを割いてくれないので、中小型が上場した後に最も困ったのは、 IR をする場所もない、誰も助けてくれない。それが課題だった。

そこから今度はいろいろな情報を何とか集めるが、1年経過した後の課題はそれでもまだある。もちろん、業績や成長性などが中心になってしまうのは仕方がないが、それにしてもなかなか手立てがない。出来高が小さいと機関投資家が入ってきてくれないから、とにかく露出するしかない。相変わらず主幹事は助けてくれない。このジレンマのなかで何をするか、今も模索し続けている。

ユミルリンクの渡邉氏:当社の場合もそうだ。中小型株で、時価総額も 50億円ぐらいしかない。しかも親子上場という珍しい形態で、流動性も一般的な銘柄に比べればやや少ない。1年後ぐらいに特に感じたのは、世のなかでは 1年間ぐらいは小型株でも新規上場銘柄として扱われる。

1年後にはそれが剥離していくなかで、中小型株は、ヒト・モノ・カネを掛けられるリソースが当然限られる。そのなかで何をやっていけばいいのだとずっと四苦八苦している。

本来は安定株主として機関投資家には入ってもらいたいが、入れる規模ではないので個人を狙う。では個人投資家のなかで、どうしたらワンオブゼムのなかから見つけてもらえるかとなる。当社もそうだがBtoBの事業であり地味なので、地味ななかで投資家にまず知ってもらうことに苦戦している。

■小型株ならではの
オーケーエムの森川氏:前職も小型株で、時価総額350億円程度の会社に在籍していたが、その時には四半期ごとにアナリストや機関投資家20~30件ほどとミーティングができた。その時の感覚で今の会社に来て上場を果たし、当初はそれなりにミーティング件数もあったが、時価総額が100億円を切ると件数が段々減っていった。

当社の場合、TBSテレビの、がっちりマンデーに取り上げてもらったこともあり、公開価格の1220円から数ヵ月で 2800円台まで上がり、時価総額も100億円を超えた。しかし、2021年に中国子会社で不明朗な取引に関わる疑いが出て、本決算を延期、決算説明会を中止したこともあり、株価とともに時価総額がどんどん下がり、機関投資家とのミーティング件数が大幅に減少した。転職してIPOを果たしたまでは良かったが、時価総額が低いと機関投資家に会ってすらもらえないという小型株ならではの事象を認識しておらず、勉強不足だったと痛感している。

この会社に入ってから前職ではしていなかったコーポレートガバナンスコードの対応や決算短信、有価証券報告書の定性情報に関わるなかで、IR担当者としての知見や経験も増えてきているが、もっと勉強しておくべきだったと感じている。

グラッドキューブの財部氏:私のなかでは株主対応が課題と感じている。中小型株で100億円以下の時価総額なので個人投資家がメインになる。上場から半年ほどになり、今年に入って投資家名簿を受け取り、蓋を開けてみると思っていたのと違ったということもあった。マーケティングの観点でターゲティングは定まったので、そこにどうアピールしていくか検討している段階だ。

それに伴って個人投資家へのアピールとして、例えばオンライン会議やオフラインの個人投資家ミーティングが必要になってくる。平日の夜や土曜日になってくるが、そこに代表を引っ張り出せるかというと、なかなか難しい。役割分担を仕切り直して、何回目に誰が対応していくのか交通整理する必要がある。

(後)に続く。

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