~特別企画・有識者に聞く~
金融庁が進める「事業性評価融資」を後押しする事業性融資推進法が昨年の6月に成立し、2026年春頃の施行が予定されている。不動産や動産といった個別資産のみならず融資先が保有する技術や発生する利益、成長性や事業継続力など“企業全体の価値”を担保とする「企業価値担保権」も併せて創設される。法律の内容や実務上の課題、今後のあるべき姿などについて、武蔵野大学の片山直也教授と三宅法律事務所の小野祐司弁護士、アイロムグループの久米健太郎CSO(Chief Strategy Officer)に話を聞いた。
■収益性に着目
―事業性融資推進法と企業価値担保権のあらましについて、債権法や担保法を長く研究してこられた片山教授に聞きたい

片山教授:事業性融資推進法の目的は、不動産担保や個人保証に頼った従来の融資から、事業性により着目した融資への転換という点にあり、それが法第1条の目的として掲げられている。それを実現するための政策目的立法であり、金融庁がおおよそ20年をかけて、金融再生プログラムなどにおいてリレーションシップ・バンキングの強化を推進してきた。
2002年から2004年を集中期間として、金融機関にローン・レビューの徹底や、財務制限条項、スコアリングモデルの活用を促してきた。この時期に、経済産業省からは「不動産担保から事業の収益性に着目した資金調達へ」という報告書が発表され、それがようやく実現に至った。
その間、2008年にはリーマン・ショック後の時限立法として「中小企業金融円滑化法」などが制定され、2019年には悪評の高かった金融検査マニュアルが廃止されている。このような経緯を経てこのたび、立法がなされたが、その間に事業性融資が全く行われていなかったわけではない。在庫などを担保に取るABL(Asset Based Lending)形式で、流動資産である在庫や売掛債権を担保に取る手法が模索されてきた。
具体的には、法律がなかったため、判例法の集合動産譲渡担保や集合債権譲渡担保が用いられていた。動産に関しては、平成18年に生け簀の魚を担保に取った有名な事件がある。だが、これは金融機関が大型の設備投資のために融資したケースではなく、商社が商社金融で養殖魚の飼料を供給し、その売掛債権を担保するために養殖魚を担保に取ったものだった。特定の金融機関は集合動産譲渡担保などにかなり熱心に取り組んでいたが、全体としては、事業性融資というよりも“添え担保”的な位置付けにとどまっていた。
一方ABLは、めぼしい有形資産があるわけではなく、かつ直ちに収益が見込めるわけではないベンチャー企業に対しては、あまり実効的ではなかった。そもそも資産を基盤にする融資に関して考えを改めなければならなかった。
久米さんのご専門だったとのことだが、ベンチャーに関しては大掛かりなものはファンドによるエクイティでの調達で、小規模なものは日本政策金融公庫や東京都などがいわゆるスタートアップ支援として無担保融資を行っていた。そういったものは今後も続くであろうが、企業の成長ステージを想定した上で、事業即ちゴーイング・コンサーン・バリュー(Going-Concern Value)を担保に取るファイナンスの枠組みが求められることになった。推進法の法案段階では事業成長担保権と呼ばれていたが、それが企業価値担保権に改められた。
■まとめる担保
―企業価値担保ではその実行を一義的な目的とせず、金融機関など貸し手と借り手との間のコミュニケーションを活性化することで、事業の継続性と収益性を高める狙いがあるようだ。政府系金融機関やディープテックを扱うベンチャーなどでファイナンスに携わってきた久米CSOは既存制度との抵触や棲み分けについてどう見ているか

久米CSO:中小企業で必要な資金の規模から考えると、政府系金融機関の融資枠は、無担保・無保証で大体7000~6000万円の国民事業と、中小企業事業に至っては4~5億円。これ以上の金額が必要なところはそこまでないのではないか。
一方で、この話を初めて聞いて凄く面白いと思ったのは、企業価値担保を設定すると、ファイナンスをする際に担保を1つにまとめるため、不動産にいろいろな担保を付けていくと煩雑になり、その点が解消される。
片山教授:一度、企業価値担保権を設定すれば基本的には全ての資産に担保が設定されたことになり、商業登記簿上の登記だけで済むので、明らかに簡便になる。従前のプロジェクトファイナンスのような大型融資も、全ての資産について対抗要件の具備をそれぞれ行っていたため、それを一括でできるのは非常に便利だ。
一方で、全ての資産を担保に取ることから、過剰担保ではという批判が立法過程で多くなされた。特に研究者からは「そんな担保はけしからん」という声がずいぶん聞こえていた。しかし、これは全く排他的な担保ではない。後順位の企業価値担保権の設定も可能であるし、個々の財産への個別の担保権の設定も可能ではある。
さらに、倒産時には、一定の範囲で労働債権者や商取引債権者に優先弁済を認めるカーブアウトの制度が設けられている。そのため新法は、企業価値担保権の設定を信託で行うこととし、それらの債権者を信託受益者としている。このように見てくると、決して過剰担保ということはできず、十分に、担保としての適性もある。したがって、使えるところで使っていくべきであるが、他方、今後は、担保が企業価値担保権1本になるという話ではない。
どの程度の割合になるかという話をしても仕方ないが、全ての局面で企業価値担保権がオールマイティに登場するわけではない。あくまで選択肢の1つだ。スタートアップや事業再生での活用が期待されているが、限られた局面での選択肢の1つが提供されたと考えるべきであろう。手段としての企業価値担保権と、目的としての事業性融資の推進は、別の問題であり、事業性融資の推進は、決して企業価値担保権だけで実現されるわけでもない。
―そうすると、今まで金融の支援がなかった隙間に入り込んで、お金を供給していく機能を果たすことは期待できるのか
久米CSO:それよりも企業価値担保で、今まで手間がかかっていたものが凄くやり易くなるのではないか。おそらく実務家もそう考えているだろう。ただ、中小企業のベンチャーよりも、初めに動くのはおそらくストラクチャード・ファイナンスやカーブアウトといった企業の事業再編や事業再生にフィットするだろう。それによって、金融がボトルネックになっていたものが進むようになるのではないか。
■中小向け融資を変える
―法曹実務家として金融法や信託法分野を扱う小野弁護士からはどうか。
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小野弁護士:最初は、不動産を持っていないベンチャー企業では事業を担保として使えるかもしれない、また、事業承継では経営者保証などを付けなければならないのはかわいそうだから、こういう形でもできないかと言われてきた。また、ストラクチャード・ファイナンスやLBO(Leveraged Buyout)などの際に一括で担保を設定できないかということだった。
利便性はあるが、銀行側からは担保価値が明確ではない。日本の銀行が事業に着目する手法に慣れていないのが正直なところなのではないか。どのように価値を評価するのか、デフォルト率などを踏まえて債務者区分について検討した時に、事業性の評価することを、今まであまりやってきたことがないので、「何かしらには使えるだろう」と作ってみたものの、日本の銀行の慣習を変えるような政策を金融庁が導入しなければ、促進しないのではないか。
片山教授:政府のイノベーションを促すためのスタートアップ育成という政策に寄与する点も重要であるが、金融庁としては、地方における金融機関の中小企業向け融資のあり方を基本的なところから変えたいと考えている。
それは担保がなくてもできるが、モチベーションになる材料を提供する必要がある。米国では全資産担保権で融資しており、同じような環境を日本でも作るから方向転換しようという政策立法である。
小野弁護士:確かにどちらかといえば、メガバンクが「貸し倒れしなければいいや」と確率論で融資している一方で、地場の地銀では、その地域の発展の一環として企業に成長してもらいたい場合、「一緒になってやろうよ」という形で、「担保は取るけれど一緒に事業を促進していきましょう」として、事業支援やコンサル施策の一環として使いたいところもあるだろう。
久米CSO:レベニュー・ベースド・ファイナンス(Revenue-Based Finance)の文脈では、大手金融機関よりも、キャッシュフローベースのファイナンスで調達をサポートする中小のベンチャーが動いて、それに対して既存の金融機関が乗ってくる動きはあると見ている。
私の知り合いでも、エクイティとアセットでリースを使い、アセットとレベニュー・ベースのファイナンスとデットを全て組み合わせて調達することがあった。片山先生と小野先生が話したように、それを後押しする制度をいろいろ作っているが、やはり大手金融機関をいかに動かすかという視点が重要なのかもしれない。
■銀行だけか
―事業性融資はノウハウを積み重ねてきた地銀には、企業価値担保権の登場で「選択肢の幅が広がるので歓迎している」ところもあったが、利用主体は銀行のみか。ファンドなど規模はいろいろあると思うが、銀行以外の貸し手が登場する可能性は
小野弁護士:例えば、ゴードン・ブラザーズは担保評価をしており、ファンドも作っているようだが、そのファンドが貸し手となるのかというのは別の話だと思う。ただ、ファンドがデットなどをベンチャーに貸出をする時に使う可能性はあると思う。
久米CSO:どちらかというとファンドはレバレッジをかけるので、銀行から借り入れる時に企業価値担保を付けて、凄く簡単にまとめるのではないのか。
片山教授:金融機関としては、おそらくファンドの事業評価のノウハウを取り込む狙いはあるので連携はありそうだ。
―大きな動きではなく、水面下で動きそうな雰囲気か
久米CSO:企業価値担保を使うかは別としても、事業性融資に関しては、いくつかの会社がレベニュー・ベースでどうやって貸し出すかという話も動いているが、やはり小口で検討している印象は持っている。
■評価は計画重視
―評価について具体的に踏み込んだ論考などをあまり見たことがないが、どのようにするのが理想的か
久米CSO:ここが難しい。現行の無担保・無保証制度などでは、スコアリングに近い形で事業実績と事業計画を見る。政府系金融機関の場合においても、計画の妥当性を複数人でしっかりチェックして、リスクを取るか判断している。
事業で本当に返済できるかどうかは、各金融機関で検討しているが、それが企業価値担保でどの程度の価値になるか算定しなければならない。それは返済とは別の観点なので、実務上とても難しくなる。
片山教授:たとえば不動産担保については、金融機関としては担保目的物の価格との見合いで、その価格の範囲で融資するのがこれまでの前提だった。それと同様に解するならば、企業価値担保権は、事業譲渡によって実行することから、担保評価では、事業譲渡時の企業の時価総額を計算して、「担保価値です」と言うことになるが、その意味がどのぐらいあるのか、考え方を変えなければならない。
というのは、その間、事業計画に従って、将来キャッシュフローから融資金の返済を受けるからだ。例えば、「5年後に売却します」という場合の時価総額はいくらなのかという話をするよりも、5年の間に事業をうまく軌道に乗せて、その間に金融機関としては事業収益・計画に応じた返済を受けていく部分が重要なので、その評価をきちんとできていれば、それを担保に融資ができることになる。結局、金融機関は、事業者の事業計画がいかにしっかりできているかをチェックする。その評価ができているか否かという問題なのであって、資産価値の評価とか、時価総額の評価と異なる視点から、事業性を評価するという方向に切り替える必要がある。
―目利き力というか、発想を根底から変えていかなければならないのか
久米CSO:逆の言い方をすると、小野先生も話したように「なかなかみんなやらないよね」という意見がある一方、一定程度目利きはしっかりできている考え方もある。やろうとしている金融機関はかなり多いので、地銀で事業性をしっかり見ているのはその通りだと思うので、金融機関ができていないものを一律にできるようにするよりは、金融機関がやろうとしている流れを加速させることが法案の趣旨ではないか。
企業価値担保で気になったのが、設定すると既存の不動産担保との棲み分けが分からなくなることだった。棲み分けはできるのか。企業価値担保は信託にして一括で設定するが、既にいろいろな取引をしていて、不動産に既に担保が付いている場合、企業価値担保をさらに付けようとすると、どうなるのか。
片山教授:1つは、借り換えで担保を全部外して企業価値担保権1本にする。これが奨励されているわけではないが、担保として最も運用しやすいので、そうイメージされていると思う。
ただ、例えば、先行する担保権としての抵当権が事業にそれほど重要ではない不動産に物上保証のような形式で設定されているならば、優先権が先にあったとしても企業価値担保権の“事業の資産”としては重要ではないので、その部分は無視して両方の担保が併存し得る。
企業価値担保権は先行している担保権に対抗できない、担保価値が及んでいないので、その不動産部分は先行している金融機関が担保価値を把握していて、残りの部分で企業価値担保権を構成する。事業の有機的な一体性を妨げる部分に付いていると、企業価値担保権を設定できなくなるので、その部分の先行する担保権を借り換えによって外した上で、企業価値担保権を設定する。重要な部分はやはり借り替えしかない。(2ページ目に続く)
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