~特別企画・IR担当者座談会~
IPOの準備から公開、その後の事業活動のなかで、情報開示などを通じて発行体と投資家の架け橋となるIR(Investor Relations)担当者。来年に一部で義務化を控えている適時開示情報の英文化や、資本効率向上の取り組みに関する東証からの要請など直近の動きに対し、彼/彼女らはどのように向き合っているのか。5社のIR担当者に話を聞いた。
参加企業(50音順、カッコ内は上場日と主幹事):
・アピリッツ<4174>(2021年2月25日、みずほ)、永山亨CFO
・オーケーエム<6229>(2020年12月17日、三菱UFJモルガン・スタンレー )、森川貴文経営企画課サブリーダー
・グラッドキューブ<9561>(2022年9月28日、大和)、財部友希CIRO
・note<5243>(2022年12月21日、大和)、 鹿島幸裕CFO
・ユミルリンク<4372>(2021年9月22日、野村)、渡邉弘一取締役
聞き手:キャピタルアイ・ニュース 鈴木洋平
■できればすぐに
―2025年の4月から東証プライム市場の上場企業では英文開示が義務化される。ほかの市場の上場企業でも、決算短信や決算説明資料をすでに英文化している会社はあるが、現状を聞きたい
noteの鹿島氏:当社はグロース市場の上場企業なので義務はないが、決算の短信と説明資料は英文で開示をしている。社内のリソースの都合もあって、日本語と全く同じタイミングでは出せないこともあるが、なるべく工夫してタイムリーに出していければと考えている。それ以外の開示をどの程度英語にするかは、今のところはベストエフォートベースとなっている。気持ちとしては英文で全部、日本語と同じ内容のものをタイムリーに出したいところ。各社の取り組みについて聞きたい。
アピリッツの永山氏:当社もスタンダード上場で実施していなかった。「小型だしやらなくていいんじゃない」と思っていたが、東証からも世のなか的にもいろいろな要請があり、単純明快に「どうせ目立ってないならやったほうがいいや」となった。ただ、コストがかかりノウハウがないので、東京都が主催して補助金を出す「FinCity.Tokyo」に参加して、1年間伴走してもらい、決算短信と決算説明会の資料を開示している。
社内に英語に堪能な者がいないので一旦は時間を置いて、短信と決算説明会の英文資料を開示できている。外注選定を始めて、なるべく遅れずに、できればリアルタイムで開示していきたい。これは社内で1度議論があった。「現在の時価総額で意味あるのか?」と。そんなことを言ったらIRは全部意味がないと言って押し通した。
noteの鹿島氏:東京都の「FinCity.Tokyo」の英文開示支援プログラムは当社も取り組んでいた。1年間無償で英文化の支援を受けることができ、当社としては海外の投資家にもアピールしていきたいので、プログラム終了後も決算資料の英文化を継続している。
オーケーエムの森川氏:お2人の「FinCity.Tokyo」の詳細はこの場でも伺いたいので、後ほどお願いしたい。
■ニワトリとタマゴ
―そこは気になったので質問しようと思っていた
オーケーエムの森川氏:当社はスタンダード市場に上場し、時価総額が100億円未満であるため、海外投資家の比率が少なく、会社としてはそれを理由に英文開示を行っていない。英文IR情報はシェアードリサーチのスポンサードレポートのみだ。
以前、永山さんとnoteの三浦さんが登壇された東証の英文開示に関するパネルディスカッションを視聴した際に、「タマゴが先か、ニワトリが先か」という永山さんの言葉に強く共感した。「英文開示が不十分であることが、海外からの投資を妨げている」という考えには完全に同意しており、社内でもその必要性について議論しているが、私自身が複数業務を兼務しているため、英文開示に割けるリソースが限られているのが現状だ。
来期の上期中にIRサイトを含むコーポレートサイトのリニューアルを計画しており、その際に、決算短信と決算説明資料、コーポレートガバナンス(CG)報告書の英文開示が可能か検討している。
また、ベンダーからは「CG報告書は後回しにされがちだが、海外投資家にとっては、ガバナンス体制を確認できるため、英文開示すると喜ばれる」とのアドバイスを受けた。1度しっかり英文化してしまえば、毎年の更新はさほど手間が掛からないため、この3点を英文開示する方向で前向きに検討しているところだ。
グラッドキューブの財部氏:当社もグロース市場で時価総額100億円未満だが、英文化に関しては最初からやっている。最初は外注していたが、最近では自社で行っていて、基本的には決算補足説明資料のみにしている。
日本語の発表を出した翌日または3日以内ぐらいに出すことを目標としており、いまのところは実現できている。「数字は見れば分かる」と海外機関投資家が話していたので、現在は、決算短信は英文化をしていない。
ユミルリンクの渡邉氏:当社もグロースで時価総額50億円ぐらいと小粒なので、「最低限対応できるところはやっていきましょう」という基本スタンスだ。決算説明資料は日本語版と同時に開示していて、短信に関しては固まってから開示できるまでに少し時間がかかる。そこは可能な限り早くという対応をして、最低限その2つをやっている。情報開示のタイミングに差異があるのは良くないので、可能な限り同時に出したいが、そこまでできていない。
英語を話せる人間がいるわけではないので、外部に依頼して、おおよその数値チェックや、少なくとも増減などあからさまに間違っているところ以外は確認し開示していく。英文開示をしてはいるがIRサイトは日本語なので、海外の投資家と話すと「どこかにありますか?」とよく聞かれる。全部はできないまでも差し当たりIRサイトの英文化、一部分だけ英語版ができれば良い。
■仕事が増える?
―「FinCity.Tokyo」はどのようなもので、どう利用されているのか、森川さんの疑問も含めて聞きたい
noteの鹿島氏:東京都が「国際金融都市」を掲げていて、そのために外国人投資家を呼び込む取り組みの一環と理解している。IRの英文開示を東京都にサポートしてもらえる。具体的には開示資料の短信や決算説明資料を英文にすることを手伝ってもらえて、1年間のプログラムだが、毎年10~15社を募集して選定していると聞いている、noteは昨年度(2023年度)に申し込んで利用した。
特にデメリットはなく無料で英訳してもらえる。ただ、プログラムは1年で終わるので、そこからそれをベースに更新していく形になる。英文開示は最初に英文にしてそこから更新作業があるが、最初の英訳するところで労力が発生するので、その入りとしてはとても良い。これで定量的に外国人投資家をどの程度呼び込めたかというのは、さっきのニワトリとタマゴみたいにいろいろあるのだが、やらないよりはやったほうが良いと思う。永山さんから補足があれば。
アピリッツの永山氏:最初は多分、ニワトリ・タマゴ問題があって、次にコストの問題だと思う。自社で全て完結するのであれば良いが、大体それが最初のハードルとなる。「いやいやこれ無料だからいいじゃん。しかも手伝ってくれるんだよ」と言うと社内で通りやすい。
これは部分的な考えだが、経理・IR担当者にとって英文開示は「仕事が増える」と思ってしまう。「やらなければならないことが、そもそもできていない」という話であり、現在の日本市場のように閉じられていると、やっていなくて当たり前で、担当者からするとオペレーションが増えてしまう。しかし、「増えた」ではなく「元々サボっている」という認識をしてほしくて導入した側面もあった。
鹿島さんが言う通りで、定量的データでどうなったというよりも、どちらかといえば時価総額が大きくなった時に、そういう風にやらなければならないとなると、英語をできる人を採用するとか、社内でも誰が英文にして開示するのかという体制が整っておらず、やろうと思った時におよそできない。短期的というよりは、中長期的に見てノウハウを獲得していくためにも、「よし、やりましょう!」といって巻き込んで、「1回やっちゃったんだから多少外注しても続けなきゃ」という英文開示を実行する理由を作っている。
■2つの反応
―森川さん、今の点はどうか。ほかにも気になるところがあるかもしれないが
オーケーエムの森川氏:当社の場合、今期は第2次中期経営計画の策定やコーポレートサイトのリニューアルなどが重なりリソースが不足しているため、「FinCity.Tokyo」のプログラムへの参加は見送った。ただ、来期に改めて検討する予定だ。
「FinCity.Tokyo」の支援を受ける多くの会社がPR開示を行い、国内の個人投資家からポジティブな反応を得たのかどうかについて興味がある。また、支援プログラムの1つである「エクイティ・ストーリーの構築支援」について、これは英文化ではないが、永山さんや鹿島さんにとっては何か参考になったのかどうかも気になった。
アピリッツの永山氏:当社は、エクイティ・ストーリーは手伝ってもらっていない。元々中期のビジョンは出しているが、中期の計画は出していないので、そこは一旦良いかなという感じでやっていた。
リアクションは両方あった。機関投資家は「ああ、やったほうが良いよね」と皆言ってくれる。個人投資家は「やっても意味ないのに予算を付けて、そんなことやっているんだったら時価総額を上げろ」という苦情と、「あ、良い取り組みですね」という2つの反応があった。
noteの鹿島氏:エクイティ・ストーリー構築については特に具体的なやり取りはなかった。確かに今振り返ると、もしかしたらディスカッションしようと思えばやってくれるかもしれない。投資家のリアクションを求めてというよりも、英文開示はやるべきことだと思っているので、「やらないよりやったほうが良いでしょう」ということで、外部のリアクションに関わらず、やるべきことをやるという考えだ。
■議論の時間を確保
―財部さんや渡邉さんは聞いていての疑問はあるか
ユミルリンクの渡邉氏:特に疑問はないが、当社が元々英文開示を始めたのも、基本的に皆さんとスタンスは近い。海外のファンド系の投資家とミーティングすることがあって、その時に英文の資料がないと通訳を通じてのやり取りで、1時間ぐらいのうち30分程度の議論しかできなくなってそもそも勿体ない。資料があれば先に読み込んでもらえるので、お互いの議論のために時間を割いたほうが良いとして始めたのがきっかけだった。
実際に投資してくれるかどうかは別だろうが、グローバルで求められてきているところでもあるので、お金の問題はあるが、そこは労力が多少かかっても可能な範囲からやっていくべきなのではないか。
noteの鹿島氏:営業面でも、当社は法人向けの事業もあるが、外資系の会社や海外の会社と取り引きする際に、「会社紹介やサービス紹介資料を送ってくれ」と言われることがあるので、その時にIR資料の英文のリンクを送れば済む。IR以外でそういった副次効果もあるだろう。
―副次的な効果も期待できそうだということで、開示資料の種類について話していた財部さん、そもそも数字は見れば分かるという話は、どういったところで気付いたのか
グラッドキューブの財部氏:気付いたというよりは、海外機関投資家がそう話していた。
―東証の要請では、開示事項を全て英文化することが望ましいが一部でも良いという言い方をしていたようだ。そうすると、各社の戦略によってカバーする範囲は、かなり柔軟に決めて良いものなのかと思った。そうやって皆さん工夫していく余地があるのではないか。CG報告書は投資家にとって嬉しいのか。ここに集まっている皆さんのみならず、他社でも決算短信と説明会資料の英文開示を行っているイメージがある
アピリッツの永山氏:最初は、最低限数値情報を英文開示しておいて、CG報告書は時価総額が大きくなったタイミングなどで良いと思う。海外機関投資家は議決権行使のアドバイザリー会社の言うとおりに行使するところもあるので、将来的にはCGやESGまで対応したほうが良いだろう。いきなり全部に対応するのではなく、柔軟にステージ毎に対応していけばよいと考える。
■要請が後押し
―東証要請の「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」について、適時開示システムで開示される情報を見ていると、上場企業各社の取り組みに関するリリースがよく流れてくるが、どのような認識か。森川さんはどうか
オーケーエムの森川氏:東証からの要請は、当社にとって企業価値について考える良いきっかけになったと思う。私が経営企画を兼務していることもあり、IRとしては企業価値を適正化すること、経営企画としては企業価値を向上させることが私の使命であり、会社としても取り組まなければならない課題だ。
当社は長らくPBR1倍を下回っている状況にあり、昨年3月末に東証から要請があったことで、これらの取り組みを後押しされる形となり、率直にありがたいと感じている。当社は、昨年12月14日に「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について」を開示したが、資本コストの数値開示には至らなかった。しかし、外部からの要請もあり、今年5月の期末決算発表では資本コストの数値を初めて開示した。その数値を基にアナリストや機関投資家からフィードバックを受けており、さらなる改善に活かしていく予定だ。
グラッドキューブの財部氏:当社も資本コストの開示はやっていない。現時点ではやる予定がない。いずれ必要となった時に対応したい。まずは企業価値向上に向けた施策に注力していきたい。
ユミルリンクの渡邉氏:当社も資本コストに関しては対応しておらず、ゆくゆくはやらなければならないということは頭の片隅に持っているが、具体的にいつまでというところまでは定めていない。当社の場合、50億円ぐらいの中小型株で、上場から3年ぐらいが経って出来高も少し目減りしてきているので、どちらかというとまずは価値を上げるための策に注力すべきだろうと動いている。
noteの鹿島氏:当社はそもそもグロース企業で直近の第2四半期の決算で、四半期で黒字になったのだが、今の段階だと資本コストが何%でそれを上回るかどうかという議論よりは、グロース企業として当然それを上回るくらい高い成長を実現することが重要と考えている。もちろん収益性と資本効率も重視しているが、成長をより高い確度で実現するためにはどうすれば良いかというほうが、より健全だと思う。そのため、現段階では特に「当社の資本コストはこれです」というのは開示していない。上場以来赤字幅を縮小させて直近黒字化を実現したばかりなので、ROEと資本コストを比べてどうかという議論はまだ合っていない状況。
アピリッツの永山氏:皆さんと一緒で、特にnoteの鹿島さんと近いと思う。資本コストは計算の仕方によって多少バラバラになってしまうので、その前提をちゃんと書けば示しても良いとは思ったが、「バラバラな指標で質問を受けてもなあ」というのがあり、一旦は出さなくて良いと判断した。今の中小型のステージで皆が求めているのは「どうやって成長するんですか、成長する時に資本をどうやって使ってうまくやっていくんですか」ということで、それを説明すれば良いかなと考えた。
当社は開発会社なので、爆発的に伸びないのであればどうするのかというと、デットで借り入れてレバレッジを効かせてM&Aして、それが成長に寄与するということも並行して行っていることを説明する書面を開示することにした。
―そうすると今後のあり方や取り組みは結局成長に連れてなので、現時点ではここで何か特筆すべきことはなさそうか
アピリッツの永山氏:東証が明確にメッセージを出していないが、多分「プライムでちゃんとやっていないところはちゃんとやりなさいよ」という話なのだと見ている。時価総額がそこそこ大きいのに、例えば、英文開示もせず資本コストについても何もしていない企業に向けて、東証はメスを入れたのではないか。ただ、そこに色を付けてしまうのも良くないので、「全体でやってね」ということだと思う。ただ、我々のステージではまだそのような感じだ。
(中)に続く
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