■市場はあるか
―事業の調子がおかしくなって担保実行に至る場合、企業価値担保権の実行は、事業全部をほかの誰かに譲渡するのが基本だが、その際に受け皿となる主体について、破産や民事再生とパラレルに考えられる気がする一方、譲渡に関する市場のようなものが成立するのかという疑問もあるようだ
久米CSO:売れるのかという素朴な疑問がある。どのタイミングで売るかという判断は結構大きい。返済が一旦滞り「すぐに返済できるレベルではない」となったらすぐに実行するとなると、売却は難しいという課題はあると見ていた。
小野弁護士:上場企業であればいろいろなやり方があって、引き受けてくれるところが何となくあるイメージはあるが、スタートアップで担保実行の段階にいってしまっているものはなかなか難しい。
久米CSO:非上場会社が売買されるセカンダリー・マーケットがどこまで広がっているかによると思う。M&A総研ホールディングス<9552>などM&Aを扱う上場会社がかなり動いていて、スタートアップも含め売上高規模で小規模な企業の取引が行われており、そういった会社が、このマーケットを介してどう動けるかだろう。
流動性を担保しようとすれば、要注意先として返済条件を緩和して事業回復のタイミングを待つか、どこかのタイミングで、「事業としてどこかに譲渡したほうが良いのではないか」というトリガーをどこにするのかと関連する。
トリガーを早めに引いたらその分売れる可能性は上がるし、「もう少し待ったほうが良い」とその企業を支えるのか、支えないと判断をした時に、企業価値担保権だけが動くことはあり得るのか。
会社が買収をする理由はシンプルで、「この会社を買ったら良くできる」と考えている。企業価値担保の実行場面で、「この会社、実は伸びる」と担保設定者側が思わなくなったところからスタートしているので、M&Aと違うためで悩ましく、結局マーケットにならない懸念もある。
小野弁護士:対象がどこかによるが、地方の建設業などで後継者不在の会社が取引されるケースや、東証が発表した上場維持基準としての時価総額100億円に届かない会社は上場を目指さずに合併するというM&Aは促進されていると思う。
黒字、または業況はいまひとつだが事業規模の大きさから他社を買収すれば自社との相乗効果で業績を拡大できる会社が、企業価値担保権が対象とする担保を実行されるようなスタートアップを、価値を下げずに買ってくれるのだろうか。
久米CSO:価値を下げてというのであれば可能性はあると思う。ただし、本当にできるのかは難しいところだろう。
小野弁護士:金融機関としては、最後にどこかが買ってくれて落とせれば良い。昔のバブルの時には不良債権がたくさんあって、バルクでも買ってもらった。後ろに不動産担保が付いていたから買って儲かる人がいた。企業価値担保権の場合、儲かるようなものがあるかというと考えにくい。
久米CSO:企業価値を担保にした時に後ろにある不動産や財産の全てを処分できると、同一の不動産に複数の担保を虫食い的に設定することで生じる担保権の順位からくるやりにくさが全部なくなるので、管財人が個別に売却できるのであればやれるかもしれない。
片山教授:個別売却は管財人ができるのではないか。
久米CSO:そのノウハウがあれば例えば、複数の工場や事業を保有していた会社があったとすると、1社が企業価値担保権を持っていれば、個別売却を管財人がうまく調整でき、自分の好きなところで売却できる。やはり担保なのでM&Aのようにできないのであれば、管財人がその会社を切り売りする。
片山教授:ただ、あくまで、企業価値担保権の実行は、営業譲渡・事業譲渡によることが原則で(事業性融資推進法157条1項)、例外的に、「必要があると認められるときに、裁判所の許可を得て、管財人が個別の財産の任意処分等が可能である」(同条2項)ということなので、事業譲渡による全資産の一括した処分が原則ということかと思う。
小野弁護士:デフォルトにならないと行使にはならないだろうが、そうなった時に待ってくださいとは言えるだろう。
片山教授:森田修教授は、デフォルト以前にいろいろなコベナンツ違反があった場合に、通常の営業の範囲での処分権を剥奪するなどができる機会としての「担保失期」を設定することが重要だと、ABLの制度設計に関して説いていた。
―そうすると担保権の設定に当たって、当事者間で事前に折衝し詳細な条項を設定するほうが良いのか
片山教授:コベナンツをセットにするべきではないかとされていることが多い。一定の財務制限条項などのコベナンツを設けて、デフォルト以前に売却などができるようにしておく。
久米CSO:担保を実行した時に、それを破産的な扱いにするのか、再生的に進めようとした時に、どのようにマーケットで次の買い手を探すか、管財人の負担が重いという問題意識は感じている。
■受託者の責任
―信託の枠組みを用いて、受託者と貸し手がその地位を兼ねるという建て付けなので、実行段階で受託者と受益者の間に利益相反が起こるのではないかという問題意識もあった
小野弁護士:貸し手が「特定被担保債権者」として受益者にもなるし、担保権によって保護される債権者が予め特定されていない「不特定被担保債権者」も受益者として存在するので、信託という構成を取ろうとなった。絶対に信託にしなければならなかったのかという議論はありつつも、それを取りまとめる受託者によってしっかり管理する形式となったのだろう。
受託者が担保権者となるため、担保権者が1人となり、管理の面では簡便になる。一方、受益者が「特定被担保債権者」と「不特定被担保債権者」に分かれるので、概念的には利益相反が起こり得る。ただし、具体的に、利益相反が起きる場面は、平常時ではまずないと思われる。
本来、受託者は誰でも良いのだが、コスト面の問題もあり、貸し手が信託の免許を取得して受託者の業務にも当たることが想定されている。事業が順調である間は、どの債権者も担保を設定した会社の事業が円滑に進むことを望むので、利益相反的な場面は特段ないと思われるが、問題が起きて財産を売却する際に顕在化する場面があるのではないか。
例えば、担保目的財産を売却して得られる価値が100ある場合で、かつ、不特定労働債権なども含めて担保されるべき債権(被担保債権)が全体で100あると仮定する。ここで被担保債権の内訳が貸し手の「特定被担保債権」が95、「労働債権等」が5であると仮定した場合、担保目的財産を100以上で売却できれば、利益相反上の問題は起こらない。
一方、受託者が担保目的財産を100未満の価値で売却した場合、利益相反が生じるのではないかと思われるが、受託者が貸し手である場合、貸し手は一生懸命高く売ろうとするので、受託者に善管注意義務などの問題は生じないと見る人もいる。
また、受託者の利益相反管理体制として、貸し手が同時に受託者になるので、融資部門と信託部門が一緒で良いかという問題がある。通常、銀行勘定と信託勘定とで利益相反が起こり得るのであれば、部署や決裁権者を分けることとなるが、今回は一緒で良いとするパブリックコメントが公表された。
パブコメは利益相反がないとまでは言っていないが、「融資・審査部門内に、企業価値担保権に関する信託業務の部門を置くことは問題がないと考えられます。また、決裁者に関するご質問についても同様と考えられます」とあり、部門を分けた場合にコストがかかりすぎるという判断があったのではないか。
気になるのは、実際には担保目的財産が100未満の価値でしか売却できなかった場合で、その場合、特定被担保債権者と不特定被担保債権者の分配はどうしたら良いのか。
片山教授:実行時や倒産時の留保額は配当可能額のバーセンテージで定められているので、利益相反のしようがない。ただ、任意売却の場合はこのルールは当てはまらない。
小野弁護士:任意売却の時に、どう分配すれば良いのかという点について、考えが整理できていない。
何の問題かといえば、信託銀行で、銀行勘定と信託勘定が同じ会社に1対1で貸し出しをしているとする。この時に会社が破綻して1しか財産が残っていなかった場合、受託者の忠実義務の観点から本信託勘定に1を払わなければならず、銀行勘定は回収できないと一般的に言われている。ただ、信託契約に「プロラタ(按分)で分配する」と書いておけば、受益者もそれを認識しているので0.5対0.5で良いこととなる。
だが、企業価値担保権では、仮に信託契約に任意売却時の分配について定めを設けていたとしても、その通り分配してしまって良いのかという点はよく理解できていない。
片山教授:労働債権者や取引債権者が「不特定被担保債権者」として受益者になっているが、実行や倒産時の実質的な破産債権者であり、その時点で初めて受益者として顕在化する。実行することをいわば停止条件とするような潜在的な形で存在する受益者だ。
そうであれば実行や倒産手続きに入らない限りは、受益者ではないことになる。そうすると任意売却の段階では受益者ではないので考慮する必要がない。だからやはり任意売却の場合に問題になるのではないか
小野弁護士:そうすると任意売却した場合には、どうやって分けるのか。
片山教授:任意売却の問題、留保額の話ではなく、一般債権者に対してどこまで分配するかという話になるのではないか。
小野弁護士:一般債権者としてプロラタで分けることになるのであろうか。不特定被担保債権者の保護として、それでよいのであろうか。ここは、実際にその事象が生じたときの実務上取り扱いについて問題が生じる可能性があるかもしれない。
■資産形成に報いる
―労働系の法曹実務家からの具体的な問題点の提起が多かったようだが、それを受けてか、特定被担保債権者向けの弁済額を制限して、そこで働いていた人や取引先への弁済を優先しようという制度があるが
片山教授:カーブアウトという枠組みが置かれている。包括担保であり事業担保なので、事業の継続性を前提として、その全ての財産に優先弁済権が認められているのではない。資産形成には労働債権者や取引債権者が寄与している部分がかなり大きいので、一種の先取特権のように、優先権が確保されなければならない。
企業価値担保権だけでなく、集合動産譲渡担保や集合債権譲渡担保の法制審議会の議論でも配慮する仕組みが置かれているが、包括担保や事業担保については必然的に前提としなければならない。その理解が得られないと企業価値担保権の創設は難しいであろうと判断して、金融庁も早くからカーブアウト制度の導入を検討していた。
■適材適所で使い分け
―これまでの話を踏まえて、企業価値担保権と事業性融資推進法に対する期待を聞きたい
小野弁護士:新しい制度で、価値をどう評価するか、いろいろ課題はあるが、1つのオプションとして、ないよりはあった方が良い。これを使って融資をしようと思ってくれるような、もしくは、今考えているようなレベルではなく、ベンチャー企業がお金を集めて、この仕組みでファンドを作ってみることもあり得なくはない気もする。今回は課題をたくさん話してしまったが、個人的にはこの制度に期待している。
久米CSO:私も期待している。今までの金融機関や政府系金融機関その他諸々でやっていなかったわけではなく、しっかりやっていた部分も多いと思うが、政府がこういうことを制度として作ることで、そもそもの法律の考え方である事業性融資は今後広まっていってほしい。これにとどまらず新しいことをどんどん企画して出していってもらえると嬉しい。
片山教授:事業性融資推進法の中で企業価値担保権が認められたが、2つは別のものといえば別のもので、いわば目的と手段の関係にある。手段の如何を問わず、目的である事業性融資は推進されなければならない。そのための1つのツールが企業価値担保権で、これが使える場面はそれほど多くないと思うが画期的な担保で、法律学的には非常にインパクトが大きい。
同時に、動産・債権担保が譲渡担保契約法として法制化されたので、事業収益を担保に取る場合に企業価値担保権を用いるのが常に唯一の方法ではない。売掛債権を全部担保に取ってしまう集合債権譲渡担保のような累積型の担保は、事業性融資の推進に寄与できる。場面ごとにどの担保がより適合的にうまく使えるのか考えながら、共存や競合を意図しつつ事業性融資を推進していくことが肝要であろう。
他方、企業価値担保権が最も使われ易いのはプロジェクトファイナンスやLBOファイナンスなどで、そちらで活用されるのは別の意義がある。これに対して、事業性融資には意識改革が必要であり、中小企業などの融資を、企業価値担保権を1つのモチベーションとしてさらに推進できればと思っている。
(了)
[キャピタルアイ・ニュース 文:鈴木 洋平、写真:鈴木 紫乃]
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