株式・債券の発行市場にフォーカスしたニュースサイト

IPOとIR(2)実践編(上場準備中)(中)、求められるロジック

~特別企画・IR担当者座談会~

■予想の強弱
―予実管理の難易度について。いろいろな発行体に、定点観測の取材をしていると、業態や収益構造の違いから、それぞれだいぶ異なる。SaaS型の製品で利益の積み上げが見やすい会社もあれば、なかなか読みにくいという向きもある。千差万別だろうがどうか
ユミルリンクの渡邉氏:当社はSaaS型で、しかもセグメントが1つなので、難易度が比較的低かった。元々、数値を管理して主要なKPIからの計画策定を、IPOを見据えない時点でもやっており、ハードルが比較的低かった。

アピリッツの永山氏:会社によって違うと思う。過去に在籍した上場企業だとこうとか、今の当社だとこうという風に、業績予想の作り方に関しては会社のスタンスが出るところだ。アピリッツは、半分はオンラインゲームで、ボラティリティが高い事業なので非常に難しい。

上場準備段階では、「じゃあ、保守的に作っておけば」という考えが一瞬よぎるが、保守的に作ると今度はバリュエーションが低くなる。「SaaSではないので翌期を織り込んで考えてもらえないな、これ」となると、単に保守的に作るとそれはそれで駄目というところが最も難しかった。

上場してからも、会社によってスタンスが違うだろうが、保守的に作って、きっちり達成してファクトを残していくスタイルの会社と、目標を高めに掲げて、達成しなかったとしても「なぜいかなかったのか、どうしていくのか」を繰り返していく会社もある。どっちも良い悪いがないと思っていて、出た結果に対して投資家がどう判断するかが全く読みづらい。例えば、機関投資家と話していると、定点観測しているので、予実を少し外したぐらいで彼らはそんなところは見ていない。彼らが見るKPIがどの程度達成できているかで見てくれる。

業績予想を達成しなかったとなると、「みんかぶ」や、いろいろなところに出るニュースのヘッダーに「未達成」と出てしまう。保守的に作ろうと思うと、今度は業績予想を発表した時のコンセンサスが弱い時点で株価が下がってしまう。どこに重きを置くのか、社内で思っていることと外に出すことがイコールであることが1番良いのではないかと最近思い始めた。

―バランスは難しいと思うが、森川さんはどうか
オーケーエムの森川氏:当社が、汎用品の大量生産ではなくカスタマイズしたバルブの受注生産に強みを持っているので、数字を積み上げて、売上計画を作るのがなかなか困難だと営業から上場準備中にずっと言われていた。売上計画ができないと生産計画も立てられないので、その辺りでまず苦労した。

皆さんも東証サイドから言われていたかもしれないが、上場申請時の業績予想の数字について、過去に大きく実績と乖離している事例があったそうで、主幹事を通じて、より蓋然性が求められると言われていた。繰り返しになるがコロナ禍で先行きが不透明だったので、そこは本当に最も苦労したところなのではないか。

―業態がだいぶ異なると思うが、三浦さんはどうだったのか
noteの三浦氏:永山さんが話していたのと少し近いと思う。当社の場合も個人のコンテンツ取引の積み重ねが売り上げになって、トレンドがけっこう読みにくいところがあり、立てた予算に対してしっかり実績を作れていることは見せることができても、その根拠の説明がかなり細かく求められるため、苦労した。特に、赤字上場だったので、黒字化の達成見込みの数字の根拠はどうなっているのか、「過去のデータと合わせて説明してくれ」という要求もあり、そのロジックが1番苦労したところだった。

―財部さんはどうだったのか
グラッドキューブの財部氏:いろいろなストーリーがあって、当社はセグメントが3つあり、難易度が高いものと低いものが混在していた。創業時からずっと予算策定はしていたので、その通りに毎年3パターンぐらい作る。保守的プランと、ちょっと頑張るプラン、凄く頑張るプランみたいなものを作り、上場準備に保守的プランを選択していたところ、申請期の段階で、主幹事から「もうちょっと強気の数字で出せませんか」という要望があった。いろいろな議論を繰り返した結果、出す時に少し修正した。そうしたら結局未達になるというめちゃくちゃ痛いことがあった。

審査の段階では、予実をどうやって作っているかという論点がある。例えば、「前年度はこれぐらい成長したので、前年にこのパーセンテージを掛けて予算を策定しています」という説明ができる部分もあれば、少しストレッチできるプランにすると、「えいやあ」と多めに見積もった部分の根拠がないので、説明ができない。ロジックをしっかりと説明できることが審査では重要だ。

■上場前後で変わる視点
アピリッツの永山氏:投資家は知らないと思うが、審査の時に見られるのは、予算の策定能力と策定した根拠で、めちゃくちゃとんでもないKPIを全てにつけて作っていると世のなかの人は思っているかもしれない。もちろんそれは目標だったりするので、財部さんが話した通り、ストレッチ部分、いわゆる「最終奥義“根性”」みたいな部分がどこの会社にもある。

審査では、「ちゃんとロジックを立てて作っているんですよね」という策定能力を見られるのと、年度が進んで着実に達成できるかの事業の遂行能力という2つの視点で審査されて、両方を満たしてないと「あんた上場してもいつも外すんでしょう、それだと投資家判断を狂わせるから上場は認めない」となる。

発行体としては「いやいや外してる会社いっぱいあるじゃん」とも思うが、そんなことは言えないし、もちろん外して良いとは考えていない。その辺りが意外と審査の時に苦労する。

上場すると今度は、先程言った通りロジック云々ではなく、コンセンサスをどう世に出すのか、保守的に出すのかストレッチさせたものを出すのか、実際に達成するのか未達になるのか、上場した後は視点が変わってくる。

自分では保守的だと思っても達成したら凄く褒めてもらえる、評価してもらえる時もある。多少の未達でも昨年対比で見たら凄い成長率なのだから、そこは見てくれないのかと思っても評価されない時もある。これが上場後の苦労するところかもしれない。

ユミルリンクの渡邉氏:財部さんから出た話で皆さんに聞きたい。当社ではなかったが、証券会社に「もう少しストレッチできないのか」と言われることは、私の上場未経験のなかでのイメージでは、必ず言われるのかと考え、頭のなかで勝手にバリュエーションを高めていた。ただ、当社の場合はなかった。皆さんはどうだったのか聞ける範囲で聞きたい。

アピリッツの永山氏:主幹事からはなかった。なかったが、結局「ちょっとストレッチさせないとバリュエーションつかないよな、どうしよう」みたいな悩みはあった。悩みをぶつけても、当然、「そりゃそうですよね」としか返ってこない。「低く出したらそれはバリュエーションつかないですよ」と言われて、SaaSではないから翌期を織り込めないとなると、どうしようかという感じだった。当社は主幹事からはなかった。「ストレッチさせたら」というのは少し珍しいかもしれない。未達だったらどうするんだと思う。

ユミルリンクの渡邉氏:その辺で、多分うまい塩梅を作らなければならないと思う。ありがとうございます。

■悩ましき値付け
―先程の話と連続性があるが、バリュエーションのいろいろについて。取材をしていると、値付けがどうなっているのか分かるようで分からない部分がある。決議段階や仮条件の提示の時など、上がったり下がったりしてレンジが決まったりすると思うが、CFOも兼務している永山さんの知見が厚い印象がある
アピリッツの永山氏:上場前で言うと、IR担当者とCFOという立場で上場した時にどれだけキャッシュを得られるかが1番の目的。上場する目的は、キャッシュを得て、成長に投資するためにわざわざするという大目的がある。そこでバリュエーションによって入ってくる額が変わってしまう。審査が大変だが重要なミッションで、前回も少し触れた通り、バリュエーションの議論は、審査準備段階の最初からはあまりしない。途中から始めるが、この辺も多分、各社で色が出るのではないか。

証券会社や投資銀行出身のCFOと、私のように経理・現場上がりのCFOだと、スキルが全然違う。お金集めに特化し、どうやってバリュエーションを高く見せるかの経験がある人と、知識としては知っているが、どちらかというとファイナンス寄りというか現場寄りの人間はスキルが違って、どの人がその会社のCFOになっているかによって意外とアクションが変わると思っている。その代わり、投資銀行出の人は、実務寄りの準備の経験があまりないので苦手。世のなかでCFOは何でもできると思われているが、そのなかには何種類もいることが意外と知られていない。CFOを募集している準備会社の社長も知らないというのが背景にある。

バリュエーションの議論は、普通は審査の途中から始まる。類似企業の選定やバリュエーションの議論を証券会社と十分に重ねたいが、そこに割くリソースがなかなかないのが非常に悩みだった。考えておきたいし議論もしたいが、最後にギュッと詰まってしまう。東証審査の終わりが見えてきた頃に、「バリュエーションの話しましょうね」となって、あまり十分な議論がない。たまに上場の承認が降りているのに延期する企業について、最後に主幹事とバリュエーションの折り合いが付かないで延期しているケースをいくつも知っている。

「納得しない。今は出ないよ」という判断をする会社もあるし、不満だけど、「上場はできる時にする」という格言のようなものがある。市場環境がどう変わるか分からないから、半年伸ばして急にリーマンショックのようなものが来たらもうできないので、承認が下りた時にしなさいというのを習ってきた。実際に証券会社からも言われるから、そこが非常に悩みどころだった。

あとは、当社も話題のみずほ証券で、しかも、バリュエーションを低く出されて注意を受けた期間に上場しているので、実はそのターゲットに入っている企業で、これは絶対明言しないだろうが、主幹事からすれば自分が主幹事をして上場した会社が公募割れをするのは、彼らとしては嫌だ。「どこ見てお前バリュエーション計算したの」と皆に言われてしまうし、恥ずかしいことなので、ちょっと低く出す傾向は、明言はしないけれど、実感としてある。毎年100社ぐらい上場しているが、けっこうな数が公募割れしてしまうのを見ると、市場に判断を委ねたら「最初の額って違ったじゃん」となる。それは発行体としても嫌だ。ただ、お金を得る1番のチャンスは上場なので、そこが悩ましい。

上場してからは、どちらかというとバリュエーションは時価総額の観点で気にしている。企業価値を上げるために、まず知ってもらわないと商いがないのでIRを頑張る。事業が成長するのは、もう1年や2年ではなく5年スパンで結果が出ることなので、そこは焦ってもしょうがない。地道に進めながらIRを行って時価総額を上げていく。上場するとそういう風にシフトする感じだろう。

―値付けに全て関与しているものではないかもしれないが、森川さんはどう見たか
オーケーエムの森川氏:永山さんが話した通り、当社では、類似企業選定のタイミングとバリュエーションのタイミングがイコールだった。上場承認の3~4週間ほど前に主幹事から提案を受け、そこで申請期の予想の当期純利益×類似企業のPER×IPOディスカウントで時価総額を出して、そこから発行する株式を割った額を株価として見る。

コロナ禍もあって、事業成長が1期前と同水準になることで、当期純利益も予想としてはそこまで高く出せない。かつ、類似企業の業績もあまり良くなく、株価も芳しくない。となるとPERも下がり、何とも言えない悩ましいところではあった。資金調達額を上げたいが、「数字を見るとなかなか上げられないよね」と本当に悩ましかった。

―最近の上場ではあるが三浦さんはどうか。IR担当者として見ていて思うところがあれば
noteの三浦氏:2021年の後半からのマーケット悪化に伴ってグロース市場全体がかなり株価を下げたタイミングでバリュエーションを決めなければならなかった。主幹事との交渉もそうだが、既存の株主との交渉でも、どれぐらいの価格であれば上場するかという議論も社内では動いていた。CFOを中心に動いていたが、IR担当者としてはCFOをサポートしつつ、少しでも投資家からの評価が高まるようにと資料にどれだけ織り込んでいけるのか、CFOと連携しながら動いていた。

―渡邉さんはどうだったか
ユミルリンクの渡邉氏:永山さんの話に近いところがあって、当社の場合は親子上場という近年珍しい形態で、親会社がいてトップのホールディングスはプライム上場している。三浦さんのnoteであれば既存の株主とも同様だと思うが、そことの調整が生じた。仮条件が出てくるのは、ちょうど類似企業の株価が少し下落したタイミングだった。類似企業が落ちれば我々のバリュエーションも当然下がってくるので、「なんで?」という議論が一部あった。私達も類似している企業でバリュエーションを取ってはもらっていた。

1つの事業ではあるものの、メールとショートメッセージを送るという2つの市場が重なっている。我々は両方やっていて、どの程度、どういうバリュエーションをその市場から持ってきて計算するか、証券会社と若干のやり取りはあったが、深い議論は正直に言って出来る余裕がなかった。それ以降は機関投資家への巡回が始まり、メンバーにはそんなことを考える余裕すらなく、どちらかと言うと、調整したいことはあったが、基本的には主幹事が出してくる条件そのままに落ち着いたのが実態だった。

―財部さんは
グラッドキューブの財部氏:私も一貫して携わってきたが、前提条件として、上場準備を始めた頃はSaaS企業が物凄くちやほやされていてPERがめちゃくちゃ高かった。主力事業をまずSaaSに持っていこうという調整から入ったが、いざ申請期に入ると、その前年に米国からSaaSの崩れが始まり、PERがガタガタに下がっていった。条件が目まぐるしく変わっていった。

主幹事とのバリュエーションの議論を割と頻繁にというか、証券会社が「いつぐらいにやります」と言っても最初に前倒しで「プレでやってくれ」と議論を進めた。力を入れたところだ。

■いろいろな圧
アピリッツの永山氏:ベンチャーキャピタル(VC)がどれだけ入っているかで、皆さんの立場だと多方面からの圧が変わると思っているが、どうだったのか。VCは投資先の上場で売り抜けたいから、「そんなバリュエーションふざけんなよ」という圧がCFOやIRなどバリュエーションを議論する人に来るし、社長からも「自分がやっている事業がこんな価値なわけないだろう」という圧が来る。

証券会社からは「いやいや気持ちは分かるけど、ロジカルに」とか、「SaaSは去年まで良かったけど、今年になったら落ちてきたから評価してくれないっておかしくない?」と言っても、「いやいやそれは市場のこと分かってないですよね」と言われてしまうことがけっこうあるだろうが、皆さんその辺りはどうだったのか。

グラッドキューブの財部氏:こちらは、VCを逆に巻き込んでいろいろな議論をしていったので、特に圧はなかった。2社入っており、1社はまだ保有している。そこは最初から信頼関係が物凄くできていて、上場後は一緒にいろいろな取り組みをしていこうというスタンスだったので、協力関係が築けたのが、圧がなかった理由の1つと思う。

■VCどう選ぶ
匿名のIR担当者:お話をぜひ伺いたい。決まり切ったことはないと思うが、VCとのコミュニケーションは、どういうきっかけで始まって、どの程度の期間で投資の機運が醸成され、そういう意味でのリレーションはどうやって行っているのか。

アピリッツの永山氏:当社は、VCはほんの一部しか入っていなかったが、普通は事業を興して、「お金欲しいな」という時にアーリーやステージA・Bとかいうステージごとに数多あるVCに声を掛けてロードショーをして、資金の調達を繰り返す感じだ。そうすると大体、投資契約を結ぶ時に「役員会に参加させろ」とか、「毎月こういう報告をしろ」とか、「基本的に何年度までに上場を目指す」という条項を入れられ、投資後には頻繁にコミュニケーションを取ってくる。スタンスにもよるが、顧客を紹介してくれたり、一緒に上場するためにタッグを組みながら進めることが多い。

匿名のIR担当者:事業会社側としてはこういうVCに付いてほしいとか、思い描きながらある程度、そのように会話していくものか。

グラッドキューブの財部氏:もちろんだと思う。

アピリッツの永山氏:VCもスタンスが会社によって違う。

匿名のIR担当者:その見極めは

アピリッツの永山氏:話が戻るが、投資銀行や証券会社出身の市場に詳しい人だと、その辺りは端から知っているが、そうでない場合、後から学ばないと知らない事だらけなので、いろいろな人に話を聞いてアドバイスを受けないと、間違ったところを選んでしまうリスクはある。

グラッドキューブの財部氏:あとは目的だ。お金が欲しいのかとか。例えば当社の場合、ずっと黒字経営でキャッシュリッチだったので、正直なところお金はそんなに要らなかったが、シナジーが欲しかった。そこでNTTドコモベンチャーズと、リードを務めてくれるモバイルインターネットキャピタルという2社で入れた。そのおかげで、NTTグループからの広告案件などシナジーが生まれるようになったので、狙い通りにいった。

アピリッツの永山氏:それが1番理想ではないか。

匿名のIR担当者:資本提携に限らず業務提携のような感じか。

グラッドキューブの財部氏:逆にそれしか考えていなかった。

(後)に続く

関連記事